あの頃の君に 3




ケロロは、自分の居場所を誰にも言わなかった。
というより、言えなかった。
滅茶苦茶にソーサーを飛ばしたため、自分でもどこにいるかよく判らなくなってしまったのだ。

ケロロはそれでも構わなかった。
どうせ今夜は日向家に帰るつもりはなかったし、これで言い訳も立つというものだ。
そう思っていたのに。




落ち葉を踏みしめる音に振り向くと、

「ケロロ」

そこに『あの頃』の姿のギロロがいた。

「…ギロロ」

驚きながらも、昔はカクレンボは我輩の方が得意だったのにな、と頭の片隅で思う。


「なぜ逃げた」

唐突な、直球の質問に一瞬言葉が詰まる。
「べ、別に逃げてないであります。我輩、ただちょっと散歩を…」
「ゼロロはお前が本部に行くと言っていたぞ」
「…本部に行った帰りに散歩をしていたのであります」

目を逸らしたケロロの背後で、ピコピコと足音が近づく。

「いくら俺でも、それが嘘くだということくらい判る」

それはそうだろう。さすがに自分でも今の返答は相当間抜けだったと思う。
ケロロは小さく諦めのため息をつくと、すっくと立ち上がった。
そして、言葉を選んで。
今度こそ、慎重に。言った。

「『あの頃』とは、違うのでありますよ」

極力、穏やかに。

「我輩も、感情や勢いだけで何とかなる年齢でもなくなったし。お前も…」

声が震えないように、お腹に力を入れて。

「…他に、大事な人もできたしね」
「誰だ!?」

突然、後ろから手を掴まれた。
「ゲロッ!?」

「俺の知ってる奴か!?」
「ちょっ、ギロロ落ち着いて!」
「それとも、さっきの小隊の中の奴か!?」
「違う、違う!!」
「大切な人が出来たのは、我輩じゃなくて
 ギロロでありますよ」

「!」

驚きに見開かれるギロロの瞳を、ケロロは不思議な感覚で見ていた。




「…とても、信じられん」

小さくつぶやくと、ケロロの手を掴むギロロの力が、わずかに緩んだ。

「まぁ、いろいろあったんでありますよ」


さ、手を離して、と言った瞬間。

「――!!」

強い力に引き寄せられた。
「ちょっ、ギロ――」

抵抗の言葉も飲み込まれ、熱い腕の感触に、薄れかけた記憶が呼び覚まされる。
唇に触れる懐かしい感触に、いつしかケロロの抵抗は弱まっていた。


――『あの頃』のギロロに腕力で敵うはずもないであります。
――抵抗するだけ無駄無駄。
ケロロは言い訳のように心の中でつぶやいた。


それに。
どうせこれは本物のギロロではない。
明日になれば消えてしまう、思い出の残像のようなものなのだから。















長いキスから解放されて、ケロロはその場に座り込んだ。

「まったくもう、なんなのさ。…なんなのよ」
別に返答を求めての言葉ではなかった、が。




「すまん。試した」
ギロロはあっさりと、笑顔さえ浮かべて言った。

「はぁ?」



「どうやら俺は、今のお前にも嫌われているわけではないらしい」


このボケダルマは、さっきの我輩の台詞を聞いてなかったでありますか!?っつーか、そもそも今日なんで我輩がこんな行動とったと思ってんの!!!!
ニブチンがー!!!

と、平手打ち付きで言おうとしたが、ギロロの顔があんまり嬉しそうだったから。
振り上げかけた右手をぐっと握り締めた。

――どうせ、明日になれば、ね。
「あっそ。…じゃぁ、帰るでありますか」
そもそもギロロに会わないためだけに、家を出ていたのだ。
今となってはもうどこにいても同じなのだし、まだ夜は少し肌寒い。

「なぁ、ケロロ。その前にひとつ教えてくれ」

立ち上がりかけたケロロを、ギロロが引きとめる。

「何でありますか?」



「お前は…今のお前が『あの頃』と呼ぶ時代のお前は、どうだったんだ?
本当に、ただの勢いだったのか?雰囲気に流されただけだったのか?」

真剣なまなざしで、アホなことをきいてくるギロロに、今度こそケロロは殴りかかりたくなった。
お前、そんなことも判ってなかったのかよ!と。

「…さぁ、昔のことでありますからな」

明日になれば何もかもなかった事になるのだ。
この場で真実を言おうが嘘をつこうが、沈黙を貫いて誤魔化そうがケロロの自由だ。


でも、ギロロのこのまなざしの前で嘘はつけない。
でも、言いたくない。


明日になれば何もかもなかった事になるのだ。
――でも、それはギロロだけ!
――我輩は覚えてなきゃならないんでありますよ!我輩だけ!!!

ケロロが躊躇いがちに口を開いたそのとき。



ぱぱれぽー!!



いつもの閃光がギロロを包み、ケロロが目を開けたときには、ギロロは元の姿に戻っていた。

「…ここは?」

わけが判らず、周囲をキョロキョロと見回すその様子に、ケロロの体から力が抜けた。
「ケロロ、どうした!敵襲か!?」
「いや〜、もうなんだか脱力でありますよ」

草の上にごろりと転がると、少し湿った青い香りが鼻腔をくすぐる。
それがまた幼い頃を思い出させて、ケロロは少し悲しくなった。

「おぃ、何ともないならシャキッとせんか!」
「まぁまぁギロロ」

ケロロが人差し指を空に向けると、つられてギロロもそれを追った。

「月がとっても綺麗であります」
「ね、だからもちょっとだけ見て行こーよ」
「あ、あぁ…」

ギロロが月を眺めているその隙に。
自分の中から『あの頃』の自分を追い出さなくてはならないから。

ケロロはそっと両掌で顔を覆った。









玉砕!
予定していたより、ずいぶんとケロロの気持ちがアレになってしまいました。
どちらか判らない、微妙なラインを狙っていたんですが!
描きたい気持ちが空回りした感じです。。。

なんか、前半2話分はいらなかったんじゃないかとか思ったりしちゃったりもしちゃうかもしれない。
そうかもしれない。いや、描きたかったの。
描きたかったのよぅ!!

実は、ギロロも覚えているという脳内設定。
…オムツの頃はともかくとして。(覚えてたら恥ずかしすぎるよね!)